2014年2月28日金曜日

真剣にそれと向き合って、の話。


人と人とのつながりは、すべて自分次第であって。
まずは自分を磨きに磨いて、自分に自信をつけていこう。
結果は必ずついてくる。努力した者勝ちなんだ。

人と人とのつながりなくして、ものづくりはできやしない。
ひとりじゃなんにも創れない。

軸のある人間になろう。芯を持った人間になろう。真のみえてる人間になろう。

バックを大きく、広く、大胆に。それが私の持ち味だから。
カタチにできるモノなんて、その欠片にすぎないのだから。

家族と連絡をとりなさい。まずはそこからはじめなさい。
人と人との関わりはすべて、家族がベースなんだから。

私らしさが、もっとみんなに伝わるように、もっとみんなに広まるように。

やっとここがスタートライン。ここからが面白い人生の始まり。

がんばります、のその意気込みを、たくさんカタチにしてほしい。
僕はそう、願っています。




真剣にそれと向き合って、生きてきた人からの大きな優しさ。
この人と、出会うことができた私はホントにホントに幸せです。
恩返し、というわけではないけれど、
真剣に、本気で、ぶつかっていこうと思います。
この人みたいなヒトになれるように。
この人みたいなヒトになりたいと言われるように。



席に戻ると、
やさしさの欠片がこぼれてました。
あー、幸せだ。よし、やるぞ!!

呼称の話。


イヌイット語には氷を示す言葉
10数種類あるそうです。NHKの地球イチバンという番組でやっていたのですが。ソリが走っても平気な分厚い氷、人が乗ると割れる薄い氷、既に割れている氷など状態に応じて名前がつけられているそう。氷の上で生きている人々だからこその氷に対する感度というか、氷の景色を見る目の解像度が私たちよりも高いのだ。自然と向き合って生きている人達って凄い!と関心したのですが。そういえば、私たち日本にも同じ様なものがある。という事に気がつきました。ちょうどこの記事を書いている今もそうですが、「雨」です。小雨、大雨、霧雨、土砂降り、雷雨、にわか雨などなど。普段日常で使っているだけでもまだまだありますね。調べてみるともっとあります。状態や時期の微妙な変化にそれぞれ名前がついています。

名前をつけるという事はつまり、その微妙な変化を他者と共有して伝える必要がある、ということです。「そこの氷は薄いから気をつけろ。」「そろそろ大雨が長く続く季節になるから畑仕事が出来なくなる。」などをコンパクトに一言で共有しておく方が、数字よりも感覚的に、正確でわかり易く、速く伝える事ができます。危機管理がし易いという事かなと思います。名前が多いという事は、人がどれだけ長く真剣にそれと向き合って生きてきたか、という事なのだなと思います。

ところで今、いわゆる現代社会の中で、多くの名前がつけられているものってあるのでしょうか。インターネット使ってすぐ画像が送れるから言葉が必要無くなってきている。とか、世の中の危険の数も少ないし、平均的で平穏な生活になっているから環境を呼び分ける必要が無くなっている。などの意見もあると思いますが。それは置いといて。今、微妙な変化に一つ一つ名前を付けて、識別すべき事柄ってなんでしょうか。すぐには思いつかないので、宿題にします。


2014年2月27日木曜日

っぽの話。




『っぽ』のつく言葉が気になって。空っぽ、しっぽ、そっぽ、水戸っぽ、、、水戸っぽ?なんだこれは?と不思議に思い、さっそくさっそく調べてみた。

水戸っぽ (みとっぽ)とは、水戸で生まれ育った人の気質を指す呼称。水戸っぽの「っぽ」は、「~っぽい」という形容係助詞からきており、水戸らしい気質という意味。(wikipediaより)

私は須賀っぽ。あなたは何っぽ?

せっかくなので、もっともっと使ってみよう。

・春っぽい天気  →  春っぽ天気
・怒りっぽい人  →  怒りっぽ人

なんだか可愛い『っぽ』の話。


2014年2月26日水曜日

感じる話。

自分は自分自身の事を思いのほか知らない。知ろうとしても知り得ない事がたくさんある。そんな事を最近思うようになりました。自分についても他人についても実は表面しか見ていなくて。自分の事ですら「印象」程度でしか捉えられていないような気がしています。
心が空っぽと感じる時、本当は直視したくない不安や疲れがギュウギュウに詰まっていたり。ああスッキリしたと感じる時けっこう心は幸せで満たされていたり。元気で満ちあふれている時は逆に心に余裕があったり。よく観察してみると、自分が感じている事と内面の状態は真逆なのかもしれないなと思ったりします。
もうすぐ春。暖かい陽の匂いを全身でいっぱいに感じて、少し心に余裕のできる季節です。

2014年2月25日火曜日

リズムの話。

ららら〜るるる〜リズムの話。
時間軸の中に、人間に知覚されるような2つの点を近接して置くと、2点間の時間に長さを感じるようになる。その『長さ』をいくつか順次並べたものを、リズムというそう。
1cm1cm1cm1cm1cm1cm2cm1cm1cm1cm1cm1cm1cm2cm。かえるの歌を、長さで表してみたらこうなった。これじゃなんだかわからんぞ・・・初心に返ってオタマジャクシ!!こうして♩ができました。うそのようで、うその話。おやすみなさい、また明日。

2014年2月23日日曜日

16の話。

日曜日が休日という習慣はけっこう新しいらしい。調べてみると明治9年に定められている。それまではどうしていたのか。江戸時代から明治まではずっと「十六日」と言って、日付の下一桁に1か6がつく日を休日にしていたそうだ。1日6日11日16日21日26日と、5日働いて1日休むというリズム。曜日ではなく日付けで決まる休日。日本が開国をしてから欧米にあわせたのだそう。日曜日が休日というのを当たり前だと思っていたからちょっと驚き。もしかするとまたいつか、社会全体が変化して休日のリズムが変わる日が来るのかもしれないな。ところで今は日曜日の23時40分、あと20分で休日が終わって月曜日が始まる。ああ、明日も日曜日だったらいいのにな。とか思ったりしながら布団に入る。

ねぎの話。

























正午、ピンポンと共に届いた16本の深谷ねぎ。切って、詰めて、煮て、食べた。甘くて、とろとろして、とてもとても美味しかった。いつもは脇役のねぎも、今日は完全あなたが主役。あなたはとても体に良い。あなた特有の『つーん』とくる辛みは、アリシンという物質で、その『つーん』が、健康にとても良いのだとか。今日のあなたは、本当に本当に甘かった。あなたの『つーん』は、どこへやら。あと11本。やれやれ。